さて、今回の人生の歩みを残す旅は福島県会津若松です。会津若松といえば、皆さん頭に浮かんでくるのは幕末の戊辰戦争ではないでしょうか。幕末の動乱、長きに渡って繁栄を続けてきた徳川の江戸時代がついに終わりを迎える頃、最後の最後まで徳川への忠義を守り抜き、その結果多大なる犠牲を払ってしまった旧会津藩。今回はその悲しき歴史の一端に触れるべく、カメラと共に旅をしてきました。

まずは市の中心部から少し離れた場所にある会津武家屋敷に行きました。会津藩の家老だった西郷頼母の屋敷を復元したものや、様々な歴史展示物が多くあります。赤べこ作りの体験もできますよ!

実際作った赤べこがこちら!基本色を塗るだけなんですけどね(笑)難しくないのでファミリーで楽しめるかなと思います。大人でもどんな模様にしようか結構悩んじゃいます。失敗できないので!

武家屋敷前にある立て札「会津っ子宣言」。今も一部の学校では朗読している会津の教え。「ならぬことはならぬものです」、この言葉に会津の歴史を知る者はグッときてしまいます。徳川様への忠義に背くことは絶対あってはならぬ、例え死んでも…。自分の死よりも掟を守ることの方が大切、それこそが会津の魂だったんですね。

武家屋敷。全体は非常に広く、生活空間と業務空間とでしっかり分けられています。途中、西郷頼母の家族が自刃した部屋の再現もあり、心が痛みました。国ため、夫のために家族全員で命を投げ出すという精神状態を、今を生きる人たちが理解するのは非常に難しいですね。わずか150年前にこの地で起きた悲しい歴史、私たちにできるのはこういった事実を忘れることなく後世に語り継ぎ、二度と同じような悲劇がないようにしていくことでしょう。

そして、会津若松のシンボルともいうべき存在である「鶴ヶ城」へ。

戊辰戦争では新政府軍からの総攻撃でこの城に約2000発の砲弾が打ち込まれました。その戦闘の激しさを物語っている写真も残されています。当時の写真と見比べると、現在の鶴ヶ城の再現性はすごいですね。ほとんど原型のまま修復されています。

城内は戊辰戦争150年の展示物が多くあり、撮影禁止のため掲載はできませんが、会津の誇り・魂に触れることのできる貴重な資料が多く拝見できます。

天守閣から見える景色。当時のお殿様もこの景色を見ながら国づくりを考えたりしていたのでしょうか。150年前どのような光景だったのか想像するのは難しいですが、最後まで籠城し新政府軍と徹底交戦したとのこと。砲弾の雨を浴びてもこの城は崩れることはなかった。会津は城も、そこに住む人々も、魂も打たれ強く気高い。

当時命をかけて己の信じる道を生きた人々。

自分自身は何に命をかけているのか、これから何に命をかけていくのか。そんなことを真剣に考えさせられるような場所でした。

【当サイトで使用しているカメラ】


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