先日箕輪編集室定例会でまだ発売前の新刊「読書という荒野」(見城徹さん)を手に入れることができ、早速読了しました。これから書評レビューを綴っていきますが、いつもとは何かパソコンの前に向かう気持ち・姿勢が違う自分がいます。それぐらい衝撃を受けた本でした。

本の中から特に衝撃を受けた点をピックアップし、これからの自分の生き方にどう落とし込んでいけるかを考えていきます。

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読書に対する向き合い方

これまでの自分の読書に対する向き合い方。自分にとって必要な情報を抜き出しインプットする、本に書かれた内容1つでもいいから自分の行動に落とし込む。自分を成長させるためにする読書。

このような認識でいました。

しかし、見城さんの考え方をこの本から学び、「お前の読書なんて読書ではない!読書とはこういうことだ!」と怒鳴られ、脳天から思いっきりぶん殴られたような感覚が走りました。

読書とは「何が書かれているか」ではなく「自分がどう感じるか」だ

読書とは実世界では経験できない「別の世界」を経験し、他者への想像力を磨くことだ

言葉とはその人の生き方だ。生き方から搾り出されて来たものが言葉であり、そして自分の発した言葉がまた自分の生き方を作っていく。血肉化した言葉を獲得せよ。

本とは単なる情報の羅列ではない。自分の弱さを思い知らされ、同時に自分を鼓舞する。現実を戦うための武器なのだ。実践しなければ読書ではない。

読書体験を重ね「認識者」になれ。そして認識者から「実践者」になれ。それでこそ、人は真に成熟し人生を生き始めることができる。

 

これらの言葉1つ1つが全て見城さんの実際の生き方・経験から発せられています。幼き頃の家庭・学校での経験や、学生運動、編集者となられてからの作家さんとの向き合い方。どうしてここまで自分を追い込めるのかと思うぐらいの自己検証・自己嫌悪・自己否定。思考に思考を重ねた末に得た言葉には圧倒的な力がこもっていて、「読書という荒野」という一冊の本から並々ならぬオーラを感じるのです。

お前なんかが言語化するのも痴がましい。言語化するなら覚悟を持ってやれ。

そんな風に見城さんから言われそうです。

見城さんという編集者と作家・著名人

「読書という荒野」では、見城さんという編集者と一緒に世に作品を生み出した作家・著名人とのエピソードが克明に言葉で描かれています。まるでその場に自分が立ってその情景を見ているかのような気持ちになりました。

たくさんのベストセラーを世に排出してきた見城さんですが、その裏には編集者・作家という関係を大きく超越した人間対人間のぶつかり合い・ドラマがあります。その想いは、関わってきた作家・作品に対する熱いメッセージから伝わってきます。

いつも勉強させてもらっている箕輪さんからも感じることですが、人間として魅力のある人にしか本当の意味での編集者は務まらないなと感じます。それだけ「言葉は重い」のです。

言葉を武器にしている方々から発せられる表現は違う。本書からはまず間違いなくそれを感じ取ることができると断言します。

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自分の生き方を考える

この本に出会い、私の生き方をどうアップデートしていけるのか。

まずは読書に対する向き合い方を変えます。これまでの私は恥ずかしながらどこか読んで満足してしまっていたところがありました。読書で学んだことを活かし、充実した人生にしなければ意味がないにも関わらず、読むことが目的になってしまっていました。

作者に圧倒的にコミットし優れた認識者を目指し、実践者となれるような読書をしていきます。

 

見城さんの「読書という荒野」。あなたの人生に大きな気づきを与えてくれるだけのパワーを持った一冊です。どうか言葉の力をあなたの感性で体感してみてください。

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